戻ってきました。

2004年8月15日
TDL。

BBQ。

海。

花火大会。

ロックフェス。

何を焦っているんだか。

急かされるようにして遊んだ夏の終わりは、もうすぐ。

********************


福岡から帰ってきました。

今回の帰省は祖父に会いに。

癌だってことは母親から聞いてたけど

実際にその痩せ細った体を目にするともうダメで。


あれが食べたい、とかああして欲しい、とか。

苦しそうにかすれ声で言うのです。

それが全て叶えてあげられないことばかりで。

 

実は、少し前に。

身近な人が突然亡くなりました。

その前の前の日、私と彼は笑って話していました。
 


死ぬには余りにも若かった。

死ぬには余りにも突然だった。

 

29歳でした。

 

その時思ったのです。

例えば、そう、祖父みたいに。

ちゃんと年老いて「自分が死んでいくところ」を周りのひとに見せるべきだと。

周りのひとに「自分は死ぬ」ということを準備をさせたうえで死ぬべきだと。

 

それが人間の自然な死に方だと。

そうあるべきだと。

 

でも今回でわかりました。

「死にゆく様を周りの人間に見せる」

それもまた残酷なことだってことが。

 

祖父は今はまだ具合のいいときに声が出ます。

でも喉の癌は進行していて、このままでは呼吸ができなくなるらしく。

穴を開けて人工呼吸器をつけることになるそうです。

そうなると、もう、祖父は話せなくなる。

 

父親が耳の遠い祖父に大声でそれを言ってきかせました。

ようやくそれを理解した祖父は、父親が出て行った後、私に言いました。

「しゃべれんごとなるなら、死んだほうがいいばい」

 
 

私は祖父がそう言ってたことをまだ父親に話せないでいます。

 

  

何が正しくて何が正しくないのか、わかりません。

          

  

はぴばすで。

2004年8月11日
月曜に大阪から戻ってきました。

昨日今日と働いて、明日からまた福岡へ。

 

その日の日記は、その日のうちに。

その日のうちに、その日の日記を。
 

*********************

今日はアシスタントさんの誕生日です。

29歳おめでとう。

いつも、いつも、ありがとう。

 

とってもお世話になってるひと。

日ごろの感謝をこめてプレゼントを用意しようと、

本日最後のアポが終わったあとデパートへ。

 

バースディカードをまず購入。

で、そのままカードに絵やら字やらを書こうとベンチに座ってたら。

お互いにそっくりな小さな女の子が二人近寄ってきた。

 

「何書いてるの。」


まさか話しかけられると思ってなくて、思わずびくっと顔をあげた。

「えっ?えーと。・・・カードにね、絵を描いてるの。」

女の子たち、カードを覗き込む。思わず手のひらで隠す私。

「や、だめ。あのね、これ、まだ途中だから・・」

「見せて見せてー」

「だぁっ。だめだって!」

片方の女の子(おそらく同じ顔でも少し背が低いので妹)が素早くカードを取り上げた。

そのカードには、あらかじめ描かれてあるカラフルで大きな「LOVE」の字が。

姉「あー、これ、好きなひとにあげるんだー」

「!」

この年になって、まさか、こういうからかわれ方をするとは。

ってか客観的に”初対面の女の子二人にからかわれてる26の女”って・・・

はたと気づくと、今の自分がビジュアル的に情けなくて恥ずかしくて思わず赤面。

 

すると彼女たち、図星だと思ったのか、ますます声を大きくして

妹「あ、好きなひとなんだー」

姉「好きなひとなんだー」

「(早く逃げたいと思いつつ)いや、違うよ。」

姉「誰にあげるの?」

「えーと。・・・(アシスタントという言葉を知らないだろうと思い)・・友達。」

姉「お姉ちゃんの好きなひと、じゃないの?」

妹「好きなひと、いるの?」

「(いるよ、と答えたら質問攻めにあうのが容易に予測されたので)・・・いないよ。」

姉「(妙に悟った表情で)うそ。いるくせに。」

・・・・・アナタ、ワタシノナンナンデスカ。

 

その後も姉妹にずっとまとわりつかれ。

なるほど、いつの時代も夏休みの子どもは強い。

このまま彼女たちにつかまっていると肝心のプレゼントが

買えないまま帰社予定時間になると思い、

「もうお姉ちゃん時間ないんだ。行かなきゃ。」と私。

妹「えー。絵、見せてよー。」

「だめ。見られると描けないの。」

姉「私さっきちらっと見たよ。お姉ちゃん犬描いてたでしょ。」

「・・・あ、もう行かないと!それじゃ、またね。」

姉「えー。」

妹「えー。」

「ばいばい!」

 

気を取り直して颯爽と。

歩く、歩く、歩く。

振り返って、彼女たちの視界から完全に自分が消えたことを確かめてから。

立ち止まって1秒。

 
 

がっくり。



 

・・・・・。
 

 


犬?

 

 



・・・・り、りす。なんですけど。


        

うし。

2004年8月5日
さくさくさくっと仕事して終了。

・・・なんてカッコイイことできるわけもなく。

終電帰宅で現在深夜1:50。
 



いやいや、仕方ないのです。

リーダー、同僚、アシスタントさん、たくさんの人に仕事頼みまくって

自分はこれから4連休。

 

明日、明後日、明々後日とロックフェス3連チャン。

ひとまず明日のロッキンジャパンフェスは東京駅朝6時集合。

  
 

 

NO MUSIC, NO LIFE.

耳が壊れない程度に爆音を楽しんでいこう。

  

携帯復活。

2004年8月4日
携帯が復活しました。

正確に言うと買い換えました。
 
 

 
 
 
 

とうとう長年連れ添った”カメラ無し&キズ有り携帯”ともお別れ。
 

 
 
 
 

幸いなことに電話番号&メールアドレスのデータは完全復活。

そのかわり飽和状態だった受信トレイのメールは完全消滅。

 
 
 

 
 
 
 

電話番号&メールアドレスが残ってただけでも助かった。

今週末から来週末にかけて大阪、福岡に行く予定の私、

これがなくなると大阪友&福岡友ほとんど連絡つきません。

 
 
 
 
 

 
 

『うすっぺらい関係』?



モチロン、嘘。

  


    

携帯水没。

2004年8月1日
携帯が水没しました。



いざ携帯が使えなくなるとなると、

連絡の取りようのない人がてんこもり。



うすっぺらい関係も水没。


  

喧嘩。

2004年8月1日
 

「なんでなにも言わないんだよ?」

言わないんじゃない、言えないんだよ。

 

吐き出すことでバランスをとる君と

飲み込むことでバランスをとる私と
 
 

「バランスをとりかたの違いだから、気にしないで。」

そんな言葉すら口にすることができずに飲み込んでしまう。

 
   

だって私は知っている。

私のバランスのとり方は、君を孤独にさせるってこと。

私が孤独であるということは、君を孤独にさせるってこと。


 
 
    

願。

2004年7月27日
 
 

気付いているのなら 気付かないふりをして。

気付いていないのなら 気付かないままでいて。

 

 

 

気付いているのか いないのか

最後までそれを 私に わからせないでいて。

 


     

THE ROCK ODYSSEY 2004

2004年7月25日
こころさん、お疲れ!
 
*************

青いままでいこう。

 By POCARI SWEAT
 

 

・HY

・TRAPT

・THE BLACK EYED PEAS

・L’Arc-en-Ciel

・LENNY KRAVITZ

・RED HOT Chili Peppers

・矢沢 永吉

 

横浜国際競技場に着いたらまず目立ってたのが空席の多さ。
チケット余りまくってたんじゃないかなー。

それでもラルクあたりから人がわらわらわらと増えてきはじめて。
なんだ皆さん、お目当てのバンドが来るまでスタジアム外で待機(というか体力温存)してたのね。

ちなみに私達はずーっとスタジアム内にいました。
アリーナでスタンディングだったし。

THE BLACK EYED PEASが終わった途端ブロック内の人が大きく入れ替わり(次がラルクだったから女の子たちが入ってきた)、そのタイミングでブロック最前列ポジションGET。レッチリまでこの最前列をキープしたくて、以降4、5時間、炎天下にも関わらずその場から離れることなくずーっと立ちっぱなし。
 

でもそんなに疲れはなかった。
つまりは「楽しめた」ってことでしょうオデッセイ。
 

それぞれのアーティストのファン層がバラバラなとこがすんごく面白かった。
ラルクが出てくればわらわらと女の子が一気にやって来て盛り上がるし、レッチリが出てくれば今度は一気に男集団がヒートアップ。
 

そして、永ちゃん。
 

永ちゃんのファンはスゴイです。
年齢層が違う。30代、40代、それ以降、のダンディな男性陣(オールバック率高し)。
で、格好がスーツ。この暑いのにスーツ。
基本は白スーツ。たまに黄(!)とか紫。
で、皆さんフェイスタオルじゃなくてバスタオルを肩がけ。
もちろんタオルには「YAZAWA」の文字が。

渋いです。
いや、勿論永ちゃん本人もとっても渋くて格好良かったですけど。
 

個人的にレッチリはもう盲目的愛の域に達してしまっているので、コメントできませんが(アンコール『GIVE IT AWAY』大興奮。ブロック最前列で潰されそうになりながら、負けじと飛んで跳ねてハジけて叫んでもう大変)、今回特に良かったのがレニクラ。

レニークラヴィッツ、高校ん時によく聴いてたのですけれども。
生レニクラ、いいですよ。
CD以上にサウンドが厚い。ギターもドラムも音が重くて格好良い。
レニー(短髪思いのほか違和感無かった)の声がこのぶ厚いサウンドに全く負けてなくて。声量、声域、声質、全て完璧。
声と音とが相まって、どんどん昇り詰めていく感じ。
カッコ良かった。いきなりステージから下りてアリーナ走りだしちゃったり、パフォーマンスも最高。
もう一度聴きなおそう、レニクラ。
 

と、そんなこんなで。
大満足。

セットリストはHPを参照あれ。

さて。

25:52ですか。
ひい。

・・・がんばれ、明日の私。
 
 

って前も書いたような。

  
      

ひさびさに、歌。

2004年7月22日
 

泡つぶの ”ぱちん”の音が 聞きたくて モスにてコーラを  『M・・・いや、Lで。』
 

*******************
 
 

ノンアルコールの炭酸系甘味飲料は好きじゃないんです。

でも、年に3回くらい無性に飲みたくなるときがあるんです。

 

 
 

だから、つまり。
 

 

 

 

今日の私の一連の『らしくない行動』は。

昼下がりに飲んだコーラのせい。ってことで。

 
 
 

今日の私のした一連の行動が”余りにも”『らしくなかった』のは。

コーラがMじゃなくてLだったから。ってことで。

 
 

 

 

じゃ、そゆことで。

 


******************

 
 

『らしくない行動』、(今年については)あと二回まで。

         

  

ひゃっか、発火。

2004年7月20日
 

こめかみから発火するかと思った。

なんていうか、もう。くらくら、ぐらぐら、とろとろ、どろどろ。

 

『39.5度だってー!』なんて、27度のオフィスの中で騒がないで。

    

2004年、夏。海。

2004年7月19日
 

このままだと夏が嫌いになりそうで。

***************** 

 

2004年、初海。

三浦海岸へ行ってきました。

日焼けして背中ひりひり。
 
 
 

海の水は決して綺麗とは言い難く

浜辺はたくさんの人でごみごみしていたけれど。

 
 

波の大小のリズムとか

海水のしょっぱさ加減とか

海の家のゴザのざらざらした砂の感触とか

浮き輪のたたみにくさとか。

 
 

そういうもの一つ一つが。

いちいち、いちいち、懐かしくて。

 

 

2004年、夏。

まだ始まったばかり。

  

      
 
 

会ったらまずぶん殴りたいので。

とりあえず会わせてください。

ねえ、神様。

 

 

なんでまたこんな気持ちにさせるの。


      
 

日記を消したって事実は消えたりしない。

でもどうやったって実感できない。

 


長期休暇中。長い、長い、夏休み。

遠い国に放浪中、とか。


 

そういうことにしてしまおうか。

・・・・いかにもあのひと、放浪癖ありそうだし。

 
 

死は生きてる人間の認識のなかでしか存在しないのだから。

認識できないというのなら、存在しない。

 
 
 

そういうことにしてしまおうか。

そういうことに、してしまおうか。



 

          
 

「シカタナイ」 君にそれを言う シカクナイ

***********************

バカバカシイとせせら笑う資格、

ダメダシする資格、

グチる資格。

そんな資格を得るために。

選挙へ。

          
やっと、やっと、会いたかった君に会えた。



  

仕事上『知らない相手と待ち合わせる』のは何十回、何百回と経験あるのだけど。

今日ほど、どきどきした待ち合わせはない、かも。

 
 
 

だけど会ってその笑顔を見た瞬間、もう分かっちゃった。

 


ふふふふ。

やっぱり君は素敵なひと。

 



今もまだ、にやにやが止まらないのです。
 
 


   
銀座飲みも銀座ランチも。

またやりましょう。ぜひ、ぜひ。

 
 
 

ありがとう。

そして社交辞令なんかじゃない『これからもよろしく』。

               

辛口→激辛。

2004年7月3日
  

同期の結婚式は当然ながらうちの会社のひともたくさん来ていて。



その時初対面ながら意気投合した、2つ年上の女性の先輩(営業6年目)と、

私の同期(営業を二年やって異動になり現在新卒派遣担当)とで、

披露宴と二次会の狭間にお茶休憩。
 
 
 

人事と接点のない人達だしいいか、と思って2人に先日の内定ちゃんのことを話した。
 

 

以下その直後の、先輩・私・同期、女3人の会話。

(誰が誰のセリフかは敢えて載せません。ご想像にお任せ。)

*************************
 

「そもそも人材派遣の営業と化粧品の美容部員を一緒に受けてるあたりが違うんじゃない?」

「まあ、全く違う業種や職種であったとしても、本人がどちらもやりたくて悩む、とかどちらがいいか悩む、ならいいんですけど。
問題なのはいざ内定が出ても『どっちに対しても本当にやりたいことかどうかわかってない』ってところですよね・・・。
彼女の話聞いて、もう少し就活自体を続けたほうがいんじゃない?って本当はアドバイスしたかったくらい」

「なんで(アドバイス)しなかったの?」

「や、『2社内定出たし、就活はもう疲れちゃって・・・』とかいう言葉が出てきそうなかんじだったんで。それ聞くともう救いようないじゃないですか。」

「もしそう答えられたら、あっちゃー、だね。」

「ですね。少なくともうちらの仕事は履歴書よりもぶ厚くて重たい会社概要だのパンフレットだの営業ツールを何十部とカバンに詰め込んで、暑い日も寒い日もスーツで何社も会社を回る仕事なワケじゃないですか。」

「そだよね、就活疲れたとか言う子なら勤まんないわ、この仕事。」

「そういう子がうちに来ると、2、3ヶ月でこんなはずじゃなかったって辞めちゃうんですよね」

「うちの会社に限らず今の時期、まさにそういう「すぐ辞めた子たち」が(第二)新卒派遣希望でやってくるんですけどね。一度失敗したから今度こそと思って真剣に取り組んで転職に成功する子と次もやっぱり続かない子と、両極に分かれますね」

「2、3ヶ月で会社を辞める子って理由もそれぞれだよね。「見切りが早い迅速な決断」とか「やむを得ない理由」って言える場合もあるし、単純に「仕事に対して考え方が甘い」って言える場合もある」

「そうですよね。退職理由を聞いてても納得できる理由とできない理由があります。」

「でもどういう理由であれ、一社目をすぐに辞めたという事実は次に生かす材料・反省材料にしないといけないと思う。」

「会社を辞める場合、大抵そのミスマッチは自分の下調べ不足とか自己分析の甘さも含まれるでしょ?自己責任の範囲内だよ」

「辛口ですねえ・・・・必ずしもそうとは言えないですけど・・」

「とりあえずその子、うちの仕事は合ってないかも。美容部員のほうがいんじゃない?」

「私もそう思うんですけど、『せっかく四大で新卒入社する会社なのに美容部員ってちょっと』ってかんじでした」

「なにそれ四大卒のプライド?」

「さあ?どうでしょうね」

「だいたいさ、適当に就活して、適当に会社入るんなら、適当にやってなさいよってかんじなのよ。それでもし辞めるならまた適当に辞めなさい、と。適当さを貫くならそれはそれでいい。『仕事なんて別にこんなもんでしょ』って言って仕事に対して重きをおかない主義でもそれならそれでいいじゃない。
でも、適当にしか就活やってきてないくせに、いざ入社したらキャリアにならないだのビジョンが違うだのって・・・・仕事のなんたるかを知らない、それこそちょっと前まで学生ちゃんだった子に、そういうことを知った風な顔で言われても困る。」
 

・・・・これ以降、トークが辛口から激辛になってきたので自粛。

   
  
  

おめでとう。

2004年7月3日
 
7月3日、晴れ。心から、晴れ。

 

一番仲の良い同期が結婚しました。
 

お幸せに。

ほんとの、ほんとに、幸せになってよ。


じゃないとシンガポールまで追いかけていくんだから。

  

内定ちゃん。

2004年7月2日
 
会ってきました。内定ちゃん。

有楽町駅前に現れた彼女は小柄で可愛らしい華奢な女の子。
就活を既に止めたらしく髪の色は茶色。

有楽町から歩いて銀座の和食屋へ。

 
「他にどこ決まってたの?」と聞くと、
「化粧品業界です。美容部員で。」と彼女。

へー。あ、なんかそれっぽい。
メイクばっちりだし、肌つやつやだし、おしゃれさんだし。

「迷ってるんです。どっちがいいのかなあ、って。
最初は人材かなあと思ってたけど、途中から化粧品に移って。」

「なんで人材だと思ったの?」

「人が好きだから・・・」

「そっか。で、次に化粧品に移ったのはなんで?」

「化粧品が好きだから・・・」

「・・・そか。そだよね。好きじゃないと受けないよね」

「わりと就活、ちゃんと考えてないまま決まっちゃって。
あんまりやりたいこととかって自分になくって・・・」
 

・・・・。
うーん。そうかあ。ま、そういう子もいるよなあ。
 

その後ご飯を食べながら色々と、長々と。

営業について、うちの会社について、話す。
残業について、辞めた同期について、等々も嘘偽りなく。

聞いてる彼女はやっぱり不安そうな表情。


「・・・あの、実はこないだ内定者で集まりがあって、その時に入社一年目の先輩がお話してくださったんですけど」

「ああ、だいたい毎年恒例なんだけど、内定者の集まりには新卒一年目が呼ばれるんだよ。一番近い先輩だからね」

「で、その時お話してくれてた先輩が、なんか・・・すごい・・・大変そうで。弱音とか愚痴とかもちろん私たちに出すわけじゃないんですけど、とにかくなんか辛そうな雰囲気を醸し出してて。」

「だろうね。あのね、入社一年目っていっちばん辛いのね。自分自身がいっぱいいっぱいで、余裕がない。で、そういう状況で内定者に会うと、もちろん本意じゃないけどそれが伝わっちゃう。
個人的には入社一年目の新卒だけじゃなくて、二年目、三年目、リーダー、支社長、いろーんな人間に会うほうがいいと思うよ。じゃないとイメージできないでしょ、自分の一年後、二年後、三年後・・って。」

「そうですね・・・」

「よかったら他の同期も紹介するよ?あ、あと後輩なら簡単に呼べる。少なくとも二年目、三年目、四年目なら会わせてあげられるよ。リーダーはちょっと相談してみないとわかんないけど。」

「ありがとうございます!」

そう、いろんな先輩に会ったほうがいい。
情報は多ければ多いほど、いい。
集めるだけ集めて、その全体像を見て。最後に自分自身で判断すればいいから。

「別にうちの会社だろうと、化粧品業界だろうと、他の道だろうと、関係なく、
せっかく今日会えたんだし。また不安に思うことあったらおいでね。」
 

そう言って別れた。

 

 
ふー。どうなるかなあ。彼女。

「やりたいことが特になくてなんとなく」じゃあ営業は厳しい。

大抵仕事って「自分の生活時間の中の大部分を占める」ことになるわけ
だけど、この業界のこの仕事は、特にそれが長いから。

ポジティブにやれないなら、ただただ苦痛の時間が長いだけなわけで。
それって、ものすごく不幸。

・・・彼女、美容部員のほうがいいような気がする。

でもそっちもぴんと来ないって言ってたからなあ。難しいなあ。

   

 

てなことを考えながら次のアポのために田町へと向かう。

JR田町駅には七夕の笹にたくさんの短冊がぶらさがってた。
 
 

「うちゅうひこうしになりたいです」

「おおきくなりたいです」

「もーにんぐむすめになりたい」

「おはなやさんになれますように」
 
「ぱいろっとになりたい」

「かわいくなれますように」

 

色鮮やかな短冊にくっきり、はっきりした文字。

風に揺れる、小っちゃな子たちの大っきな夢。

『自分が本当にやりたいことってわかんなくて・・・』彼女の言葉を思い出した。

くっきり、はっきりとした「なりたいもの」が子どもの頃には、きっと。

あの彼女にもあったはず、なのにね。

  
       

かむさはむにだ。

2004年7月1日
 

旅を楽しむために必要なもの3つ。
 

 

お金。

時間。

「帰ってきたらこの旅のこと、話したい」と思う存在。
 

*********************

 
 
韓国旅行記は長くなりそうなので箇条書きで。
 

  

・南大門、人も店も物もごった煮で最高。

・「”マボロシノトケイ”アルカラミテイッテクダサーイ」(南大門)

・「”カンペキナニセモノ”アルカラミテイッテクダサーイ」(南大門)

・やっぱ南大門、最高。

・エスカレーターは東京式ではなく大阪式。歩かない人は右側寄り。

・女性のパンツ率高。スカートならデニムのミニスカート。

・キムチ美味い。どこに行っても美味い。何度食べても美味い。

・韓国海苔はお土産に最適。

・タッカルビうまい。

・屋台のホルモン炒めうまい。辛いけど。

・ソルロンタン、カルクスス、キムチチゲ、サンギョプサル。うまい。

・あ、プルコギも。冷麺も。

・って食べ過ぎ。

・酒うまい。百歳酒、チャミスル、マッコリうまい。

・って飲みすぎ。

・マッサージやりたかったのにい。

・NANTAは予約しないと週末は見られないんだって。残念。

・魔が差したとしか言いようがありません。占いだの、写真撮影だのって。

・韓国の占い師曰く「貴方はとても運がいい人です」。うん、わかってます。

・本屋にて「蹴りたい背中(韓国語)」発見。「蛇にピアス」は見当たらなかった。

・ハングル文字って、ちょっと可愛い。

・店員に適当に聞いて7枚ほどCDを買い込む。れっつとらい☆コリアンミュージック。

・韓国のバッタもんの節操の無さが好き。PUMAのTシャツシリーズ、かなり笑えます。

・地下鉄便利。タクシーなら銀タク。

・仁寺洞お気に入り。オススメは「性文化博物館」、ドアの取っ手にご注目。

・東大門にて突然日本人不倫カップルから声をかけられる。

・「すみません、私の友達のふりして彼氏からの電話に出てくれませんか」

・な、なんですかそれ。

・訝りながらも見事に「友達のみちるちゃん」を演じ切る。

・なんだろ、こういうの多いなあ私ってほんと。
 
 
 
 

・・・・と、まあそんなこんなで。
 
 
 

 
実はただの観光で行ったわけでもなく。

やっと会えたね。

ちっちゃいイさん、おっきいイさん、キムさん、チョーさん。
ありがとう。韓国で再会できるなんて素敵。
短いながらも楽しい旅でした。 

最後に。

韓国ではテレビで何度も何度も何度も何度も何度もあの声が流れてた。

「I don’t want to die・・」

イラクで人質となり殺された彼のご冥福を心からお祈りいたします。

      
  
  

そんなこんなで。

2004年6月29日
帰ってまいりました。
 

韓国は美味しい国でした。

ああ思い返してみてもなんとも幸福な3日間。
ってか2泊3日じゃあ足りません。ちっとも足りないです。

もっかい行かなきゃ。
 
 
 

韓国旅日記は次回に。
 
 
 

現在AM2:30・・・帰宅時点で0時過ぎてたからなあ。
まっさかこんなに遅くなるなんて。
そもそも帰国時間をちゃんと確認してなかった私が大まぬけなんですけど。
 
 

韓国にいる間は勿論終日動きまわっていて。
現在極度の疲労&睡眠不足状態なわけで。

 
 

6時間後には会社。
 
 
 

・・・そういえば、あの件どうなったっけ。
・・・そういえば、アレやんないとなあ。
・・・やっばい!あのアポ明日だわ!!
 
 
 

・・・・。
 
 

寝ます。

 
 
 
 
とりあえず土産は買ってまいりました。
 
 
 
 

 

さてと。
がんばれ、明日の私。

  

    

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